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2015年6月3日  
 

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東日本大震災(zāi)から4年 活気を取り戻しつつある被災(zāi)地

人民網(wǎng)日本語版 2015年03月11日15:05

多くの人の命を奪い、甚大な被害をもたらした東日本大震災(zāi)から11日で4年を迎えた。時(shí)間の経過とともに、関連の報(bào)道も減り、被災(zāi)者以外の人々の心の中では、いつの間にか震災(zāi)が過去の事となりつつある。しかし、被災(zāi)者にとっては、復(fù)興のために奮闘する日々が続いており、その不屈の精神と復(fù)興の進(jìn)展が今、壊滅狀態(tài)だった被災(zāi)地に再び輝きをもたらそうとしている。人民網(wǎng)が報(bào)じた。

震災(zāi)前は約7000人が暮らす?jié)O港だった宮城県名取市閖上(ゆりあげ)地區(qū)は、津波で700人以上が亡くなり、住宅が密集していた海岸から2キロの範(fàn)囲は、壊滅し更地と化した。2013年と14年の2度、筆者は閖上地區(qū)を訪問した。被災(zāi)地の狀況が劇的に変化したとはとても言えないものの、入念に練られた計(jì)畫を基に復(fù)興が行われていることに感銘を覚えた。また、被災(zāi)地で働くボランティアや記念のために殘されている損壊した住宅、犠牲者のために更地にささげられた花束などを見て、感動を覚えた。

閖上地區(qū)は海岸に面した標(biāo)高の低い平野が広がっている地域であるため、將來再び津波に襲われることを想定して復(fù)興を進(jìn)めなければならないほか、現(xiàn)地の被災(zāi)者の意見にも耳を傾けなければならないため、復(fù)興がなかなか進(jìn)んでいない。震災(zāi)から2年経った13年3月には、閖上地區(qū)で津波に襲われ損壊した住宅の撤去作業(yè)がほとんど完了し、周囲を見渡すと、道路やきれいに整備された側(cè)溝、一つの場所に山積みされた震災(zāi)時(shí)のゴミなどが見えるだけの完全な更地となっていた。そして、追悼式を行う學(xué)生ボランティアや道端に立つ地蔵、廃墟で犠牲者にささげられた花束などが、喪失感を増していたが、同時(shí)に「希望の芽」も出始めていた。

震災(zāi)から3年以上がたった14年5月、再び閖上地區(qū)に行くと、住宅の建設(shè)はほとんど進(jìn)んでいなかったものの、「希望の芽」が大きく成長していることが感じ取れた。目にすることのできる人や工事関係の車両などが増え、防波堤の修理をしている人や海水に浸かってしまった田んぼで除塩作業(yè)をしている人、漁港を再建している人などがいた。漁港の周りにはプレハブが立てられ、閖上港朝市も再開。大勢の客が集まり、にぎわいを取り戻していた。

震災(zāi)からまる4年が経った今も、閖上地區(qū)では復(fù)興活動が続いている。宮城県で被災(zāi)し、復(fù)興の経過も見てきたという白石尚道さんは取材に対して、「防波堤や漁港が建設(shè)中で、ボランティアも被災(zāi)地で活動を続けている。閖上港朝市にもよく行く。あそこの雰囲気は活気に満ちている」とし、震災(zāi)が風(fēng)化しつつあることに関しては、「津波で失ったものが人によって違うため、震災(zāi)への思いも人によって違う。しかし、津波で家を失った沿海の被災(zāi)者は現(xiàn)在、以前の家に戻ることはできないという現(xiàn)実を直視しなければならず、震災(zāi)を忘れることは決してできない」と語った。

地震や津波による直接的な被害があったかにかかわらず、東日本大震災(zāi)のような災(zāi)害は全ての人がさまざまなことを考える機(jī)會となる?!傅卣黏摔瑜晟醮螭时缓Δ袱?。人々は自然の力の大きさを思い知らされた。天災(zāi)を前に、私たちは防災(zāi)の意識を高め、自分や自分にとって大切な人を守ることができるようにするしかない」と白石さん。

閖上地區(qū)以外にも、計(jì)畫の遅れや財(cái)政の問題、人手不足、原発事故による放射能災(zāi)害の影響など、さまざまな原因で復(fù)興にはさらに時(shí)間が必要な地域も少なくない。日本の復(fù)興庁の統(tǒng)計(jì)によると、震災(zāi)で自宅などを失い、避難している人は、2月12日時(shí)點(diǎn)で、全國でおよそ22萬9000人にのぼり、およそ8萬人が仮設(shè)住宅などでの避難生活を余儀なくされている。その多くが、家族や家を失い、今も不便な生活を余儀なくされる悲しみを背負(fù)い続けている。それら被災(zāi)者が勇気を持って現(xiàn)実と向かい合うことも必要だが、政府や社會からの応援と関心も不可欠だ。どのように災(zāi)害に対応するか。これはその社會がどれほど成熟しているかを量るバロメーターとなっているのではないだろうか。(編集KN)

(同記事の畫像は白石尚道さんが撮影。撮影日:2015年3月8日)

「人民網(wǎng)日本語版」2015年3月11日

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