外國人にとって、旅行に出るか出ないかは、経済的?時間的な問題だ。だが、中國人にとって、日本に観光旅行に出かけるかどうかについては、それ以外に、歴史的?感情的な問題も加味する必要がある。実のところ、旅行とは未知の世界を知る楽しみを得るだけにとどまらず、自分自身と向き合って、自分の人生について熟考する絶好の機會でもある。ならば、「先進國の技術(shù)を取り入れて、逆に彼らを制する」態(tài)度で臨んではどうだろうか。私たちが愛すると同時に恨みを持つ隣國を取り上げてみよう。北京か上海で乗り継ぎ、そこから所要時間わずか4時間の直行便で、今夏の日本旅行がスタートできる。西部網(wǎng)が伝えた。
〇日本に見え隠れする中國の影
西安で育った私は、いつも、1千年前に栄えた唐の都について空想を巡らせていた。だが、今の大都市?西安には、當時の面影はほとんど殘っていない。1千年前、唐は多くの子弟を受け入れた。日本人はおそらく、その中でも最も熱心だったであろう。このような歴史的な経緯から、後世の西安人は、日本に対して、見知らぬけれどもどこか懐かしい感覚を抱くのかもしれない。
〇日本で出會う、普段忘れている信仰心
歴史に対する日本人の畏敬の心は、歴史的色彩を帯びたあらゆる物を大事に保存する行動に反映されている。遺跡や古典書籍?文化財などを、日本人は細心の注意を払って、完璧に保存する。たとえそれが、田舎の小道にたたずむお地蔵さまであれ、雑居ビルの一角にある鳥の巣さえ見られない小さな神社であれ、天然木の床板はいつも清潔で、念入りに手入れされて光輝いている。
〇日本で出會う、通りすがりの人の溫情
映畫「ロスト?イン?トランスレーション」の影響によって、日本人に対するイメージは、「閉塞」「型どおり」「気安さがない」といったマイナス面が強調(diào)された。だが、旅行で実際に日本を體験し、聞いただけでは決して分からない本當の感銘を得ることができた。大阪の飲食店の店主であれ、そこに居合わせた食事客であれ、公共サービスの職員であれ、誰もが友好的であると感じた。古の都?長安からはるばるやってきた旅行者だと聞くと、一緒に記念寫真を撮りたがる人もいた。
〇日本で出會う、シンプルな愛
日本を旅行している間に會ったあらゆるシーンは全て、優(yōu)しくて素樸で、我々の煩雑な日常生活を忘れさせてくれる。このような體験で生まれる靜かなエネルギーによって、自分自身が最も慣れ親しんでいる結(jié)婚相手とともに、自身や毎日の生活をめぐる大切な意味を再発見することができた。さらには、1千年以上の長い年月に育まれた日本獨特の文化體系は、にぎやかな商業(yè)エリアを離れ、迷い込んだ路地、お寺の庭、茶屋を歩き回り、夜に巷を散歩している時に、含蓄ある靜かな日本の美として感じられる。これこそが、私たちが結(jié)婚生活を続けていく中で追い求めていた幸福ではなかろうか?
菊と刀、桜と著物、これらは伝統(tǒng)の日本である。全世界を風靡した日本のアニメ?漫畫、世界をリードするシンプルな美學、多種多様な建築の風格は、現(xiàn)代の日本だ。経済が発達した現(xiàn)代の日本のあちこちに、伝統(tǒng)文化を重視する痕跡を垣間見ることができる。
これら全てが、中國からわずか4時間の距離にあるのだ。(文:劉鵬濤 編集KM)
「人民網(wǎng)日本語版」2015年8月20日
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