17日にセルビア共和國(guó)の首都ベオグラードに到著し、同國(guó)への公式訪問(wèn)を開(kāi)始した中國(guó)の習(xí)近平國(guó)家主席と彭麗媛夫人は現(xiàn)地時(shí)間同日午後、1999年にNATOによる爆撃を受けた舊中國(guó)大使館の跡地に赴き、爆撃で犠牲となった邵雲(yún)環(huán)さん、許杏虎さん、朱穎さんの3人を追悼した。セルビアのトミスラヴ?ニコリッチ大統(tǒng)領(lǐng)、マヤ? ゴイコビッチ議會(huì)議長(zhǎng)、アレクサンダル?ブチッチ首相も內(nèi)閣官僚を率いて追悼式に出席した。
両國(guó)の首脳は、「中國(guó)とセルビアの伝統(tǒng)的な友情と特殊な友好感情は、血と命によって築かれたものであり、後の世代に伝えていかなければならない。雙方は共に努力し、共に発展し、平和を模索していく」と強(qiáng)調(diào)した。
1999年5月7日、米國(guó)を中心とする北大西洋條約機(jī)構(gòu)(NATO)はユーゴスラビア空爆を?qū)g施、ミサイルで當(dāng)時(shí)の在ユーゴ中國(guó)大使館を爆撃した。これにより、大使館內(nèi)で仕事中だった新華社通信の記者?邵雲(yún)環(huán)さん、光明日?qǐng)?bào)の記者?許杏虎さんとその妻、朱穎さんが犠牲になったほか、數(shù)十人が負(fù)傷し、大使館の建物も深刻な被害を受けた。それから10年後の2009年5月7日、ベオグラード市政府は舊大使館の跡地に記念碑を建立し、爆撃の犠牲者を追悼すると共に、セルビアが最も困難な時(shí)期に中國(guó)が提供した支援に感謝した。(編集SN)
「人民網(wǎng)日本語(yǔ)版」2016年6月18日
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