遼寧省瀋陽(yáng)にある九一八歴史博物館(寫真著作権は東方ICが所有のため転載禁止)。
今日で九一八事変(満州事変)から90年が経つが、中國(guó)はこの國(guó)辱を忘れてはいけない。1931年9月18日夜、中國(guó)東北エリアに駐留していた日本の関東軍は、瀋陽(yáng)柳條湖近くに日本が建設(shè)した南満州鉄道の線路を鉄道「守備隊(duì)」に爆破させ、これを中國(guó)軍の仕業(yè)とする陰謀計(jì)畫を?qū)g行した。日本軍はこれを口実に中國(guó)東北軍の北大営を砲撃して、中國(guó)國(guó)內(nèi)外を震撼させる「九一八事変」を引き起こした。翌日には瀋陽(yáng)を侵略した日本軍はその後、東北三省を次々と占拠していった。1932年2月に東北エリア全域が陥落すると、日本はこの地に偽満州國(guó)の傀儡政権を樹立?,F(xiàn)地の中國(guó)人にとって14年間にわたる強(qiáng)制労働と植民地支配の始まりとなり、このエリアの中國(guó)人3000萬(wàn)人以上が亡國(guó)の民として辛酸をなめつくした。九一八事変は日本が意図的に生み出し、発動(dòng)した中國(guó)侵略戦爭(zhēng)であり、日本帝國(guó)主義の中國(guó)侵略の始まりとなった。そして九一八事変は世界反ファシズム戦爭(zhēng)の起點(diǎn)でもあり、第二次世界大戦の東洋における戦爭(zhēng)の幕開けとなった。(編集TG)
「人民網(wǎng)日本語(yǔ)版」2021年9月18日