中國(guó)人男性?李勝博さんは新型コロナウイルス流行が発生してから今に至るまで、日本の島根県鹿足郡津和野町で田舎生活を送っている。この3年間、李さんは中國(guó)と日本を絶えず行き來(lái)し、日本の田舎の生活を體験してもらおうと、中國(guó)の若者合わせて200人余りを津和野町に連れてきた。また、あまり知られていない中國(guó)の都市の一面を見(jiàn)てもらおうと、日本の若者の中國(guó)訪問(wèn)もアレンジしてきた。李さんはこうしたプロジェクトを「X++ギャップ旅行」と名付けて起業(yè)し、さまざまな模索を行っている。人民日?qǐng)?bào)海外版が報(bào)じた。
他とは違う日本の田舎
津和野町との出會(huì)いは、李さんが2016年に日本を旅行した時(shí)にまで遡る?!溉毡兢翁锱hってどんな所なのだろう?」と考えていた李さんは當(dāng)時(shí)、インターネットを通して、無(wú)料で家に泊めてくれる津和野町の女性と知り合い、「カウチサーフィン」に成功した。そのようにして津和野町にやって來(lái)た李さんは、日本の田舎を自分の目で見(jiàn)て、肌で感じることになった。
津和野町の整然として広々とした道、便利な公共交通機(jī)関、ほのぼのとした田園風(fēng)景などに、李さんは魅了されるようになった。また、各種施設(shè)やヨガ教室、バスケットボールクラブ、サッカークラブ、地方の文化を語(yǔ)り合うグループなど、バラエティに富んだ余暇活動(dòng)もあり、津和野町には人的?文化的ムードが漂っていた。
さらに、津和野町に住む異色の経歴を持つ若者たちの存在にも、李さんは驚いた。例えば、海外留學(xué)し、國(guó)連機(jī)関で働いていたある日本人女性は、津和野町に戻り、ブタの屠殺を?qū)Wんでいる。また、米國(guó)に留學(xué)して植物學(xué)を勉強(qiáng)し、世界中を旅してきたある日本人男性は、津和野町にやって來(lái)て稲作を始め、自分の「田園王國(guó)」を築いていた。
中國(guó)の農(nóng)村とは全く違う社會(huì)や文化の雰囲気が漂う津和野町に李さんは魅了され、「僕のように津和野町の田舎生活が好きになる中國(guó)の若者が他にもいるのでは?」と考えるようになった。そして、プロジェクト「X++ギャップ旅行」を立ち上げ、他の人とは違う生き方を體験してもらうために、中國(guó)の若者たちを津和野町に案內(nèi)するようになった。
他の人とは違う生き方
日本酒の醸造見(jiàn)學(xué)、ゴミの分別の仕方の説明、華道や茶道の體験など、1週間の「ギャップ旅行」で、中國(guó)の若者は日本ならではの文化を體験することができる。また、現(xiàn)地の若者と交流し、その日常生活の魅力を肌で感じ、自給自足の暮らしについて語(yǔ)る日本の若者たちの聲に耳を傾ける。
津和野町に移り住んだ若者の中には、東京での都會(huì)の生活をやめて田舎生活を送り、田んぼや畑で米や野菜を作り、自分で家を建て、一日三食をゆっくりと楽しんでいる若者がいる。また、料理を「アート」にする料理家もおり、その日偶然入手した食材を使って和食を作り、自分の食材に対する思いを伝えている。その他、フランスから移住してきた夫婦もおり、お茶屋さんを経営し、ナチュラルライフを楽しみ、日本のお茶をフランスに輸出している。ギャップ旅行の體験者は、現(xiàn)地の若者と交流し、その田舎生活を目で見(jiàn)て、肌で感じながら、自分の人生についてゆっくりと考えることができる。
李さんは、「津和野町で現(xiàn)地の人と直接觸れ合うことで、映畫(huà)の中の世界を體験するかのように、今までは風(fēng)変わりで理想にすぎないと考えていた生活を送る人たちを、自分の目で見(jiàn)て、実際に觸れ合うことができ、とてもリアルに感じることができる。そのような人たちを見(jiàn)ていると、『彼らにできるのなら、自分にもできるのではないか?』と感じるようになる。ギャップ旅行が終わった後、専攻を変えたり、仕事を辭めたり、引っ越ししたり、住む都市を変えたりすることを考え始める若者もいる。ギャップ旅行は、一部の若者たちにとって、自分の人生の歩みについて考え直す機(jī)會(huì)になる」と話す。
他とは違う文化交流
「ギャップ旅行」が展開(kāi)されるようになってから、津和野町の人々の中國(guó)の若者に対する見(jiàn)方も変わり始めている?!溉毡救摔峡亭摔趣皮鈿荬蚴工?。でも、ここの地元の人々は中國(guó)人に対してとても親切で、フレンドリー。僕とギャップ旅行の中國(guó)側(cè)パートナーは、ずっと『旅行教育?地方振興』をコンセプトにしている?,F(xiàn)地の人々に迷惑をかけず、負(fù)擔(dān)とならないようにすると同時(shí)に、現(xiàn)地の経済発展のために貢獻(xiàn)するということだ。これまでに、ギャップ旅行を通して、津和野町のお酒やお茶が中國(guó)に輸出されるようになったほか、現(xiàn)地に中國(guó)語(yǔ)教室もできた」と李さんは言う。
李さんは日本の若者が中國(guó)を旅行する體験活動(dòng)も行っている。例えば、18年、李さんは日本の若者たちを連れて深センを訪問(wèn)し、高層ビルを見(jiàn)るだけでなく、都市の中にある村にも足を運(yùn)び、街中にあふれる生命力を肌で感じてもらえるよう企畫(huà)した。
新型コロナウイルス流行が発生して以降、中日間の「ギャップ旅行」は一旦停止したものの、李さんと同僚たちは暇を持て余すことはせず、中國(guó)で津和野町のような「他とは違った農(nóng)村」を探している。例えば、今年の端午節(jié)(端午の節(jié)句、今年は6月25日)に合わせた3連休中、福建省屏南県竜潭里村で國(guó)內(nèi)版の「X++ギャップ旅行」を展開(kāi)することを企畫(huà)した。李さんは、今はあまり知られていない「ギャップ旅行」が今後はどんどん普及していくと確信している。(編集KN)
「人民網(wǎng)日本語(yǔ)版」2020年8月27日