趙娜さんは、2009年に夫とともに大連から日本の千葉市に移り住み、仕事をしながら暮らしている。日本での生活はもうすぐ7年になる趙さん夫妻だが、故郷の訛りは、いまでも全く変わっていない。彼女が最も面白いと感じたのは、大連訛りでお喋りしていると、南京出身の隣人もつられて、大連訛りになっていたことだ。半島晨報(bào)が伝えた。
「日本には大連出身者がとても多く、大連グルメは、最も共感を呼ぶ話題」と趙さん。
「私たちは日本でも焼き物にしたり、串焼き、火鍋など、美味しいものを作っては食欲を満たしている。大連人はよく友達(dá)を誘って、大連の名物料理を一緒に楽しむ。これらの大連グルメは、私が日本で共有するモーメンツの『得意技』となった。この季節(jié)、私が最も食べたいと思うのは、故郷の大きなサクランボ。日本産のサクランボは目玉が飛び出るほど高いから」と趙さんは語(yǔ)る一方で、彼女は微信のモーメンツで友人の果樹(shù)園でサクランボが熟しているという情報(bào)を友人たちに紹介。趙さんは「故郷の美味しい食べ物、道端の屋臺(tái)の食べ物でさえ、絶対に忘れることはできない。これは一種の郷愁といえるだろう」とした。
大連から日本に移り住んだ時(shí)には夫婦2人だったが、日本で子供が生まれたので、大連に戻るときには3人になっている。趙さんは帰國(guó)して親戚回りをするたびに、小さいころ通った小道に子供を連れて行き、子供にたっぷりと大連訛りのシャワーを浴びせるのだという。そうすることで、ずっと大連を離れていないような感じになれるという。(編集KM)
「人民網(wǎng)日本語(yǔ)版」2016年7月14日
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