絵:孫婷婷さん
作家?毛丹青は微信(Wechat)の公式アカウントで、自分のことを「日本で暮らす作家で、神戸國際大學(xué)の教授。日常生活をメインにし、日本文化の細(xì)部について描寫することだけにこだわっているのではなく、他のことについても書くこともあるものの、主に日本人に対する理解を目的としている」と紹介している。(文:徐敏。済南日報掲載)
最近、毛丹青が翻訳したお笑いタレントの又吉直樹の小説「火花」の中國語版が人民文學(xué)出版社から刊行された?!富鸹ā工先毡兢恰k行部數(shù)300萬部という大ベストセラーとなった。今回、毛丹青が取材に応え、「火花」を翻訳することになったきっかけにやこれまでの創(chuàng)作のエピソード、中日文化交流などについて語ってくれた。
「人生で最も意義あるのはターニングポイント」
毛丹青は、中國語と日本語を巧みに操ることができる作家で、日本語で日本について書く中國人だ。近年、毛丹青は中日両國を行き來し、中日文化交流に力を注いでいる。そして、莫言や余華など中國の作家の作品を日本でPRしたり、中國語で日本について書いたり、さまざまな著作を刊行したり、翻訳したりしている。莫言は毛丹青の作品について、「僕の日本に関する夢の世界で、毛丹青という魚が必ず泳いでいる」と獨(dú)特の言い回しで評価している。毛丹青という學(xué)術(shù)青年は日本へ場所を移して投資し、ビジネスを行った。その後、作家となって創(chuàng)作したり、教師として教壇に立ったりと、日本で生活している30年の間に、毛丹青さんは2度の大きな人生のターニングポイントを経験した。
生活において、毛丹青は、「男は、ある期間の中で一つのことに真剣に打ち込めばいい」という信念を抱いている。北京大學(xué)を卒業(yè)した後、毛丹青は中國社會科學(xué)院哲學(xué)研究所に入社し、「純學(xué)者」の道を歩み始めた。それから2年後、日本に留學(xué)し、日本の中國人留學(xué)生になった?!袱ⅳ雾暏悉黏护胜?、授業(yè)がない時はアルバイトをしていた。そして、少しずつ魚介類を売るビジネスを始めた。勉強(qiáng)しながら働くというのは、とても疲れるもので、それを両立するのはとても難しい。そのため、魚介類のビジネスに沒頭したほうがいいと思うようになった」と毛丹青。これが、1回目の大きなターニングポイントだ。
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