趙悅さんにとって、アフリカはもはや「見(jiàn)知らぬ土地」ではなくなった。新華社が報(bào)じた。
代々鉄道関連の仕事に就いている家庭に生まれた北京の趙悅さんは、小さな頃から、祖父や父親からアフリカに関する話を聞いて大きくなった。「家の中には、アフリカ要素が至る所に見(jiàn)られた。1970年代、機(jī)関車エンジニアだった祖父は、タンザニアのダルエスサラームとザンビアのカピリムポシを結(jié)ぶ『タンザン鉄道』の補(bǔ)修プロジェクトに攜わっていた。父親は1990年代、ナイジェリアなどの國(guó)に赴き、スタジアムやアスリート村などの建設(shè)工事に參加していた」と趙さんは話す。
2009年に大學(xué)を卒業(yè)した趙さんは、おそらく幼少の頃から見(jiàn)聞きしていた影響からか、中國(guó)鉄建グループ傘下の中土集団を就職先として選び、前後してナイジェリアとエチオピアで働き、現(xiàn)在は、中國(guó)中鉄と中土集団が運(yùn)営する「アディスアベバ?ジブチ鉄道」マーケティング部の部長(zhǎng)を務(wù)めている。
エチオピアとジブチを結(jié)ぶアディスアベバ?ジブチ鉄道は、全長(zhǎng)約750キロメートル、アフリカ初の國(guó)際現(xiàn)代電気化鉄道で、中國(guó)基準(zhǔn)と中國(guó)裝備を100%導(dǎo)入して建設(shè)された。2018年1月1日の開通後、エチオピアの首都アディスアベバとジブチの首都ジブチとの所要時(shí)間を大幅に短縮している。
鉄道の完成によって、現(xiàn)地交通に利便性がもたらされた上に、鉄道沿線住民の就職?教育?日常生活をめぐる環(huán)境が大いに改善された。
趙さんは、「これまで長(zhǎng)い間、現(xiàn)地の人々は、非常に遠(yuǎn)いところまで生活用水を汲みに出かけ、運(yùn)ばなければならなかった。鉄道開通後、我々は、仕事の利便性を高めるために、沿線の村に十?dāng)?shù)個(gè)の井戸を掘った。井戸によって、現(xiàn)地の人々の生活用水をめぐる難題がすぐさま解決した。我々が現(xiàn)地から撤収する日はいつか來(lái)るだろう。だが、井戸は永遠(yuǎn)に殘る」と話した。
趙さんは、「自分のため、會(huì)社のため、國(guó)家のため、目的は何であろうと、これは私にとって決して忘れられない貴重な人生體験となった。アフリカで過(guò)ごした日々を思い返すと、時(shí)にはギブアップしてしまいたい思いに駆られたこともあったが、自分の選択を後悔はしていない。私の祖父がアフリカに行っていた時(shí)代は、アフリカにたどり著くまでに3ヶ月近くかかった。だが、今では、中國(guó)からものの十?dāng)?shù)時(shí)間でアフリカに到著できるようになり、両地の距離はぐんと縮まった」と続けた。(編集KM)
「人民網(wǎng)日本語(yǔ)版」2018年8月28日
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