バウヒニアの花を持つ少女の像の前に立つ佐々木真理子さんと古谷恵莉子さん。 |
21日午前、日本人約20人からなる訪中団が南京の中國(guó)侵略日本軍南京大虐殺遭難同胞記念館を見(jiàn)學(xué)。 古谷恵莉子さんは、ハンカチで涙を拭きながら、「このような歴史は教科書では習(xí)ったことがなく、本當(dāng)につらい気持ちになる。見(jiàn)學(xué)中、心の中にずっとひっかかるものがあり、こんな世界があるなんて本當(dāng)に信じられない」と、取材に対して感想を語(yǔ)った。南京晨報(bào)が報(bào)じた。
座談會(huì)で、同記念館の張建軍館長(zhǎng)は、「こんなにたくさんの日本の青年が當(dāng)館に來(lái)てくれて、とてもうれしい。南京は苦難を経験した都市で、今は平和をとても大切にしている」とし、「當(dāng)館は設(shè)置されてから約30年の間、歴史を銘記し、平和を大切にするという理念を保ってきた。理念を壁に掲げているのは、今後の世代に、平和を大切にし、未來(lái)を切り開(kāi)いてもらいたいから」と語(yǔ)った。
當(dāng)館の臨時(shí)展示ホールでは、佐々木真理子さんが、目を真っ赤にし、ハンカチで涙を拭きながら見(jiàn)學(xué)していた。
佐々木さんは、「南京に來(lái)たのは2回目だが、同館に來(lái)たのは初めて。今回ここでたくさんの寫真や映像を見(jiàn)て、自分の親友が傷付けられたような気持ちになった。小さな子供もおり、私も母親であるため、その親の気持ちがよく分かる。日本では広島や長(zhǎng)崎が被害を受けた歴史ばかり學(xué)んだので、別の世界を見(jiàn)たような感じがする。日本は被害者であるものの、加害者でもあり、被害を受けたと同時(shí)に、他の國(guó)を傷つけたことを知った」と語(yǔ)った。
佐々木さんは東京學(xué)蕓大學(xué)で中國(guó)語(yǔ)の講師をしており、子供のころから中國(guó)の古典文學(xué)が大好きで、1995年に広州で中國(guó)語(yǔ)を?qū)Wんだ経験もある。そんな彼女は、「學(xué)校に戻ったら授業(yè)で、學(xué)生にこの歴史を伝えたい。私の教え子らも將來(lái)教師になった時(shí)に、自分の教え子に伝えてくれるだろう」と話した。
訪中団の一人である東京學(xué)蕓大學(xué)4年の古谷恵莉子さんは、畫像や映像資料をノートに記録しながら見(jiàn)學(xué)し、分からないことがあると近くの人に聞いていた。そんな古谷さんは、「見(jiàn)學(xué)して、これはとても重い問(wèn)題だと思った。心の中に何ひっかかるかものがあり、とてもつらい気持ちになった」と話し、涙を流した。(編集KN)
「人民網(wǎng)日本語(yǔ)版」2017年10月23日
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