何度も武漢に訪れ杜さんの墓參りをしていた生前の溝脇さん
■30年を経て、再び海を渡りあなたに會(huì)いに來(lái)た
溝脇さんは一貫して約束を?qū)g行してきた。1987年、中國(guó)を離れてから32年後、ついに第2の故郷の地を再訪し、様々な方法で杜さんの生前の戦友や杜さんの妹(歐陽(yáng)さんの母親)である庹友生さんに連絡(luò)を取り、杜さんの墓參りをしたいという希望を伝えた。しかし、様々な事情から、杜さんの墓はすでにわからなくなってしまっていた。溝脇さんは2人と相談して、3人で杜さんを偲ぶ記念碑を建てることを決めた。墓石に刻まれた溝脇さんの落款には「あなたの永遠(yuǎn)の友人」と記されている。
これ以降、溝脇さんは何度も中國(guó)に訪れて墓を參り、庹さん一家と連絡(luò)を取り合った。毎回中國(guó)を訪れる度に、お土産を持ってくることも忘れなかった。庹暁林さんは、「溝脇さんは心優(yōu)しく、善良で、私たちにもとても良くしてくれて、まるで家族のようだった」と溝脇さんのことを振り返った。
■永遠(yuǎn)の友人とともに永遠(yuǎn)に眠る
2012年、溝脇さんは83歳で亡くなった。溝脇さんは生前、自分が亡くなったら、一部の遺骨を中國(guó)の杜さんのお墓に葬って欲しいという願(yuàn)いを語(yǔ)っていた。日本でずっと暮らしていた歐陽(yáng)蔚怡さんは溝脇さんの信頼と委託を受け、溝脇さんの家族の理解を得た上で、一部の遺骨を杜さんの墓に葬った。
昨年6月、歐陽(yáng)蔚怡さんは溝脇さんのお骨と形見(jiàn)を武漢に持ち返り、新しくきれいにした杜さんの墓の中に入れた。こうして、60年を経た上で、ついに戀人たちは一緒になった。
これは実際にあった愛(ài)の物語(yǔ)の結(jié)末だ。2人は半世紀(jì)以上もの間、離れ離れとなっていたが、溝脇さんの揺るぎない愛(ài)が、一生思い続けてきた人と一緒になることを?qū)g現(xiàn)させた。(編集MZ)
「人民網(wǎng)日本語(yǔ)版」2015年4月8日
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