ネット上では過(guò)去に「日本語(yǔ)を?qū)Wぶ人はお?dú)荬味尽工趣いΕ去豫氓?huà)題になったことがある。これは日本語(yǔ)を?qū)Wぶというこの後戻り不可能な道を選んでしまった自分の苦労を嘆く內(nèi)容だ。例えば、「百」という數(shù)字一つとっても「二百(にひゃく)」と「三百(さんびゃく)」、「八百(はっぴゃく)」というようにその読み方が異なる上、動(dòng)詞の未然形、終止形、連用形の活用などはめまいがするほど。同じように後戻り不可能な日本語(yǔ)を?qū)Wぶ道を選んでしまった私にとって、このトピックに挙げられているツッコミは同感することばかりだ。訪(fǎng)日してからの年數(shù)も少なくない私にとって「百」と「分」の読み方の違いはさすがにもう難しくないが、助詞の「は」と「が」の用法は未だに理解できていないし、毎日様々な二重敬語(yǔ)に接するたびにに頭を壁に打ち付けたくなるような衝動(dòng)に駆られる。外國(guó)語(yǔ)の學(xué)習(xí)というのは、時(shí)にまるで無(wú)數(shù)に張りめぐらされた網(wǎng)がまとわりつくように、いくら必死に抜け出そうともがいても、どうしようもないほど苦しまされるのだ。(文:魯強(qiáng)。 在日華字紙?中文導(dǎo)報(bào)掲載)
私のある友人は北海道でテレビ局の記者をしている。彼は何年も前から中國(guó)人と日本人のメンバーからなるアイスホッケーチームを取材している。中日両國(guó)のメンバーはお互いに「文化の違い」に直面することがあるのだが、それは目に見(jiàn)えないものだという。テレビという媒體を通じてどのようにこうした抽象的な內(nèi)容を表現(xiàn)すればいいのか、彼は當(dāng)初非常に困ったそうだ。さんざん考えたあげく、彼は「言葉」をその切り口とすることにした。練習(xí)場(chǎng)や食事の席、セレモニーの會(huì)場(chǎng)だけでなく更衣室の中でもメンバー同士の會(huì)話(huà)を耳にすることができる。その會(huì)話(huà)には中國(guó)語(yǔ)あり、日本語(yǔ)あり、カタコトの中國(guó)語(yǔ)に、カタコトの日本語(yǔ)もあった。何年もの月日を経たことで、チームメンバーはどうやらこのような交流スタイルにすっかり慣れてしまったようで、私の友人の記者とあいさつするときは中國(guó)語(yǔ)と日本語(yǔ)をミックスして話(huà)すのだという。また、彼らを取材した番組が放送されるのを見(jiàn)たところ、そのチームメンバーたちが中國(guó)語(yǔ)と日本語(yǔ)、カタコトの中國(guó)語(yǔ)と日本語(yǔ)で交流しながら試合に向かう姿はなんともカッコよく、私はとても新鮮に感じた。
このウェブサイトの著作権は人民日?qǐng)?bào)社にあります。
掲載された記事、寫(xiě)真の無(wú)斷転載を禁じます。
Tel:日本(03)3449-8257
Mail:japan@people.cn