卓球を教えるトウさん(左から3番目)
今年のブラジル?リオデジャネイロ五輪では、福原愛選手や水谷隼選手などの日本人選手が活躍したものの、中國の選手には勝てず、卓球では中國が金メダルを総なめにした。現(xiàn)在、リオ五輪の余韻はもう冷めてしまったが、日本の卓球愛好者の卓球に対する情熱は、リオ五輪の日本人の成績(jī)を理由に冷めた狀態(tài)になってはいない。東京大田區(qū)多摩川には「蒲田卓球センター」があり、ここでは素晴らしい卓球試合が毎日のように繰り広げられている。重慶日?qǐng)?bào)が報(bào)じた。
同センターの創(chuàng)始者である重慶出身のトウ荻(トウは、登におおざと)さんによると、「卓球をしに來ている人は、中國の卓球に対して敬意を抱いている。ほとんどが日本人で、勝負(fù)を挑みにきたり、レベルアップを目指していたり、卓球を習(xí)いに來たりしている人たち」だ。
日本に來た日から、トウさんは得意の卓球を武器に、「ピンポン外交」を行い続けている。
江嘉良やオベ?ワルドナーとの対戦経験も
1963年生まれのトウさんは、小學(xué)生の時(shí)に卓球が好きになり、74年には、重慶市業(yè)余體育學(xué)校に特待生として入學(xué)し、卓球の練習(xí)を始めた。そして、5年生の時(shí)、重慶市の小學(xué)生卓球大會(huì)で優(yōu)勝した。
78年、トウさんは、四川省體工隊(duì)に入り、全國少年卓球大會(huì)にも參加。世界チャンピョンにもなった江嘉良選手とも対戦し、団體で3位に入った。82年、スウェーデンの卓球ナショナルチームが中國を訪問した際、トウさんは中國代表として、バルセロナ五輪男子シングルス金メダリストのヤン=オベ?ワルドナー選手と対戦し、1勝1敗の成績(jī)を殘した。その後、際立った成績(jī)を殘していたトウさんは、四川省體工隊(duì)卓球チームの副リーダーとなった。
トウさんは當(dāng)時(shí)を振り返り、「才能に恵まれていなかったのだろう。結(jié)局世界チャンピョンにはなれなかった」と話す。その後、85年に引退し、重慶に戻って、重慶大學(xué)で経済管理を?qū)Wんだ。
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